楽寿楼(ラクジュロウ)


楽寿楼は、通称お三階と呼ばれる所で、斉昭公がここから風景を眺めながら思想をねり、又休養された所。

正面鴨居の外側には斉昭公の筆による「楽寿楼」の額が掲げられている。

楽寿楼は、山と水のいずれの眺めもすばらしい高楼の意。

正面の桜山、丸山緑丘の山々、千波湖の近景と遙かに霞む筑波山等々、ここからの眺望は見事である。

床柱は、島津斉彬公から贈られた薩摩竹であったが水戸空襲で焼失、現在のものは鹿児島市長から寄贈されたものです。

床の間左側には、烈公が陣太鼓を作ったときの余材を利用して作った漆塗り丸窓の富士見窓を有する。
その陣太鼓は常磐神社内の義烈館に陳列されています。


写真:楽寿楼から見晴らし広場を望む


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