力偕楽園コラム裂
第8回:偕楽園にはなぜ梅の樹が多いの?
偕楽園をつくったのは水戸藩第9代藩主徳川斉昭(なりあき)公です。偕楽園に梅を植えさせたのは、斉昭が特に梅を好んだからとされています。
「種梅記」に「予(よ)少(わかき)より梅を愛し、庭に数十株を植う〜」とあるように、 梅は寒さに耐え、春に先駆けて馥郁(ふくいく)とした香りを放ち、 まさに風雅そのものであること。
実が梅干しとなり緊急時に食料になること。
梅が別名「好文木(こうぶんぼく)と呼ばれ学問を好むと言う中国の故事にちなんでいること。
梅が春に先駆けて咲くことから、みずから天下の魁(さきがけ)になろうという意志を表明しようとしたのではないかともいわれています。
偕楽園の完成は、天保13年(1842年)ですが、造園計画は1833年にすでにあったようです。
「園」は、武士階級のものであるのが当然のその時代に、「民と共に楽しむ園」すなわち「偕楽園」構想をもって実現にこぎつけたことには驚かされます。
斉昭公の未来を見つめる目は水戸の誇りでもあります。
偕楽園は今でも入園は無料です。(好文亭は有料)
チャボ冬至
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